お正月の季節になると皆さんが必ず目にする松。常に青々とした葉を保つことから中国や日本では古来から縁起の良い植物とされ、盆栽やいけばなで重宝されてきました。青山花茂でも、お正月はもちろんのこと、いけばなのご用途では一年を通してさまざまな種類・形状の松をお届けしています。今回は、特に需要の多い「若松」を中心に、生花店で販売される松について説明します。
常に青々とした葉を保つ松
松は常緑の針葉樹。一年中青々とした葉を保つことから長寿の象徴とされ、古来から神聖な植物として珍重されてきたことは、皆さまが知るところです。ただ、葉が全く枯れないわけではなく、数年で枯れた葉が落ちて新しい葉と入れ替わっているのですよね。これは他の常緑樹も同様です。
ちなみに、マツ科の植物は、植物学的には原始的な部類に入る「裸子植物」です。種をつける植物のほとんどが、種を果肉で包まれている「被子植物」なのに対して、種がむき出しになっている点で現在の自然界では異質な植物でもあります。遅れて登場した被子植物に駆逐され、古代から残る裸子植物は「マツ類」と「イチョウ類」「ソテツ類」など限られた種類だけになっています。
正月に向けて年末に松の需要が急増します
盆栽やいけばななどで日常的に松をたしなむ方も中にはいらっしゃいますが、多くの人が松を意識するのは年の瀬が迫る頃からでしょう。実際、松の需要は大半が12月に集中しています。
正月に向けて利用される松の用途を挙げてみると、本格的な門松、門柱付につけるしめ飾り付きの門松、ご自宅で花器に活けられる正月花や、生花店が作る正月アレンジメント、などでしょうか。
もともとは、年神様(としがみさま)が家を見つけやすいようにと、門松を飾り始めたといわれます。部屋の中に正月花を飾るのも、年神様を迎え入れる準備とされ、青々として縁起の良い松は正月花に欠かせない存在となっていますね。
産地では10月中旬から行われる若松の出荷準備
正月に使われる松の中で、全国的に最も出荷量が多いのが、「若松」と呼ばれる細長い形状のもの。門松に使われている松も、門柱につけるしめ飾り付きの門松も、この「若松」が使われています。
この細長い形状に仕立てるために、10cm間隔で種を蒔き、密集させた状態で上へ上へと枝がまっすぐ伸びるよう育てられます。枝を横に伸ばせない状態で3〜4年育った松が、「若松」として出荷されることになります。
需要期は12月下旬ですが、実は10月中旬頃から若松の収穫は行われ、収穫と選定作業は11月中旬まで続きます。寒さが本格化する11月中旬頃までに刈り取らないと葉先が黄色くなってきてしまうことが理由です。幸い、松は長持ちするので、このタイミングで刈り取って水につけて冷蔵庫に保管すれば、青々とした状態で正月を迎えれられるというわけです。
ご存知の通り、葉が尖ってチクチクし、松ヤニでベタベタする若松。収穫・下枝の掃除・選定はかなり手間のかかる作業です。私が今年11月上旬に茨城県波崎市の若松の生産者を訪ねた際も、熟練の皆さんが100人以上集まり、手袋をしながら手早く下枝を落とし、規格ごとに選定をしていました。
たくさんの人の手を通して、手間をかけて整えられた若松。年末に向けて、皆さまの元にお届けするのが楽しみです。
若松、小松、根引松とは?松の呼び名の整理
さて、年末に生花店を訪ねると、さまざまな「松」の取り扱いがあると思いますが、これらが実際のところどのような品種で、何に適しているものなのかわかりづらいですよね。
さまざまな呼称の松を取り扱う老舗生花店として、ここで一度しっかりと分類をしておきたいと思います。
まず、生花店に並ぶ松の形状はさまざまですが、品種としては大半が「黒松」という同じ種からできていることに気付きます。大半を占める黒松と、赤松、五葉松、そしてアメリカ大陸原産の大王松。正月に販売される松は、大きくその4品種から構成されます。
「4つの品種からなる多様な松が、仕立て(育て方)の違いによってさまざまな呼称で呼ばれている」というのが、生花店に並ぶ松の全体像と言って良いでしょう。
黒松 (クロマツ) |
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呼称・商品名 | 形状・用途 | |
若松 (わかまつ) |
まっすぐ上を向いた松。隙間のない環境で育てて3〜4年で収穫。 門松や正月花に幅広く利用され、松の中では最も出荷量が多い。 |
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小松 (こまつ) |
自然に近い形で育て、脇枝を剪定するなどし、3〜5年で収穫。根引松と異なり、根は切られた状態。 正月花や正月アレンジメントで利用される。 |
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根引松 (ねびきまつ) |
自然に近い形で育て、3〜5年で、根が残った状態で収穫。「根付く」「地に足がつく」として特に関西で重宝される。 門柱付き門松や正月花で利用。 |
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三光松 (さんこうまつ) |
新芽を適切なタイミングで剪定してストレスをかけることで、別れた枝の先端に短い葉が密集した形状となった松。 正月花や正月アレンジメントで利用される。 |
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寿松 (ことぶきまつ) |
一箇所から葉が多く芽吹く八房(やつぶさ)性の黒松。葉が非常に密集した形状になり、盆栽や正月花で利用される。 | |
からげ松 (からげまつ) |
まっすぐ上を向いた松という点でほぼ若松と同様の形状だが、若松のように脇枝が張り出しておらず、枝も短い。正月の仏花や、正月アレンジなどで使われる。 | |
紅孔雀松 (べにくじゃくまつ) |
葉に赤い斑(ふ)が入った黒松の一種。夏は黄色の斑で、冬になると赤が強くなる。流通量は少ない。 | |
錦松 (にしきまつ) |
黒松の一変種で、樹皮がゴツゴツと割れていて風情があるので、特に盆栽で珍重される。 | |
雄松 (おまつ) |
赤松を雌松と呼ぶのに対し、枝や葉が力強い黒松を総称して雄松と呼ぶ。 | |
赤松 (アカマツ) |
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呼称・商品名 | 形状・用途 | |
雌松 (めまつ) |
黒松を雄松と呼ぶのに対し、樹皮が赤いことや、枝が細く華奢であるので、赤松を総称して雌松(または女松)と呼ぶ。関西では正月の門付き門松として根引きの雌松と雄松を門の左右に設置するなど、雌松を重視する傾向が強い。 | |
蛇の目松 (じゃのめまつ) |
赤松の斑入り品種。葉の一部が白色になる点が珍重され、正月花で利用される。黒松から変異した蛇の目松もわずかだが存在する。 | |
五葉松 (ゴヨウマツ) |
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呼称・商品名 | 形状・用途 | |
五葉松 (ごようまつ) |
日本各地の高地に自生する松。枝が5つに分かれて付くことから五葉松と呼ばれた。黒松や赤松と比較すると葉が短い点も特性。 自生地によって吾妻五葉松・四国五葉松・宮島五葉松などさまざまな品種があり、盆栽で重宝される。 生花店では「五葉松」として総称して販売していることが多い。 |
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大王松 (ダイオウショウ) |
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呼称・商品名 | 形状・用途 | |
大王松 (だいおうしょう) |
アメリカ大陸原産の松。樹高・葉の長さともに巨大になるので「大王松」と呼ばれている。 特有の存在感から、正月花やアレンジメントで重宝される。 |
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<番外編> | ||
呼称・商品名 | 形状・用途 | |
蝦夷松 (えぞまつ) |
「松」の名が付いているが厳密にはマツ属ではなく、トウヒ属。国内では北海道のみに自生。 いけばなでは大作に使われることが多いが、近年は入手が難しい。 |
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唐松 (からまつ) |
厳密にはマツ属ではなく、カラマツ属。日本原産の針葉樹の中では唯一、落葉するので、落葉松(らくようしょう)とも呼ばれる。 枝や葉は生花店でさほど流通しないが、松カサはクリスマスの用途で使用されることも。 |
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杜松 (としょう) |
厳密にはマツ属ではなく、ヒノキ科ビャクシン属。正しい品種名は「ネズ」と呼ぶ。木肌の美しさもあって、盆栽やいけばなで重宝される。 |
松の呼称は、もちろん地域やお店によって呼び名に違いはあると思いますが、少しでも参考になれば幸いです。実は、松の需要量は年々低下しており、市場で入手できる松も少なくなってきました。いけばな事業部を持つ青山花茂では、生産者さんから松を直接仕入れるなどして、必要量を確保しています。
手間暇かけて育てられた良質な松は、毎年12月26日頃から青山店の店頭に並びます。お近くのみなさまは、どうぞご来店ください。
オンラインでは、毎年11月頃から、松を使ったお正月関連商品の販売を開始しています。オンラインもしくはお電話(Tel:03-3400-0871)でも、正月アレンジや正月花材のご注文をお待ちしております。
この記事を書いた人
株式会社青山花茂本店 代表取締役社長
北野雅史
1983年生まれ。港区立青南小学校、慶應義塾中等部、慶應義塾高等学校、慶應義塾大学経済学部経済学科卒業。幼少期より「花屋の息子」として花への愛情と知識を育む。2006年〜2014年まで戦略コンサルティングファーム A.T. カーニーに在籍。2014年、青山花茂本店に入社し、2019年より現職 (青山花茂本店 五代目)。
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