日本人なら誰もが心うばわれる、桜の花。
3月後半になると、染井吉野(ソメイヨシノ)の開花の便りが全国から届きます。
桜といえば染井吉野が目立ちますが、古くから愛されてきた桜は、野生種をもとにしてさまざまな栽培種が作られてきたため、咲く時期や咲き方は本当に多様です。10月頃から咲く十月桜(ジュウガツザクラ)や、2月頃に咲く河津桜(カワヅザクラ)などの早咲き品種もあれば、4月に入ってから咲き始める八重桜(ヤエザクラ)もあり、染井吉野が咲き誇る3月・4月だけではなく随分と長い期間、どこかで桜が咲いています。
今回は、桜の枝を扱う生花店としての目線で、桜の種類や特徴・ルーツについてまとめました。
多様な桜の品種と特徴
青山花茂では、桜の枝を使った花束やアレンジメントのご注文、活け込みのご要望のほか、いけばなのお稽古用の桜や撮影用の桜などのご用途で、12月から4月までの期間、たくさんの桜を取り扱っています。
品種として最も多いのは、促成栽培で12月から入手が可能な啓翁桜(ケイオウザクラ)と、3月に入荷が始まる染井吉野、陽光桜(ヨウコウザクラ)や4月の八重桜。桜の品種数は500種類以上あるとされ、同じ桜と思えないほど色も咲き方も多様な桜を見ていていると、それぞれのルーツが知りたくなってきます。
桜の野生種は11種
まず、日本に自生するサクラの野生種は、11種類とされていて、それらが、現在国内で見られる多くの桜の祖先と考えられています。
花びらが大きい順にオオシマザクラ(大島桜)・オオヤマザクラ(大山桜)・ヤマザクラ(山桜)・カスミザクラ(霞桜)・クマノザクラ(熊野桜)、エドヒガンザクラ(江戸彼岸桜)、マメザクラ(豆桜)・タカネザクラ(高嶺桜)・ミヤマザクラ(深山桜)、チョウジザクラ(丁子桜)の日本原産10種、そして中国・台湾原産で、江戸以前に日本に定着した寒緋桜(カンヒザクラ)を加えて11種です。
桜の野生種11種 | ||
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呼称・商品名 | 形状や分布などの特徴 | |
1 | オオシマザクラ (大島桜) |
・花色:白 ・花弁の大きさ:2cm〜 関東南部のみに分布し、伊豆大島に多いことからこの名がついた。染井吉野や八重桜など、大きな花びらをつける栽培種の大半のルーツにこのオオシマザクラがある。 桜餅を包む葉は、オオシマザクラの葉を塩漬けにしたもの。 |
2 | オオヤマザクラ (大山桜) |
・花色:ピンク ・花弁の大きさ:1.5cm〜2cm ヤマザクラよりも花弁が大きい傾向があり、花弁のピンク色が強い。四国・本州・北海道・ロシアと幅広く分布するが、寒さに強く北海道に多いので、蝦夷山桜(エゾヤマザクラ)とも呼ばれる。 |
3 | ヤマザクラ (山桜) |
・花色:淡ピンク ・花弁の大きさ:1.5cm〜2cm 本州・四国・九州と幅広く分布。染井吉野登場前は、桜といえばヤマザクラを指した。開花と同時に赤茶色の新葉が出てくる点が他とは異なるので、見分けやすい。 |
4 | カスミザクラ (霞桜) |
・花色:淡ピンク ・花弁の大きさ:1.5cm〜2cm ヤマザクラと酷似するが、ヤマザクラより北寄りに自生し、朝鮮半島にも分布する。開花期が遅く、寒い地域では5月頃になる。葉に毛が多いことから、毛山桜(ケヤマザクラ)とも呼ばれる。 |
5 | クマノザクラ (熊野桜) |
・花色:淡ピンク ・花弁の大きさ:1.5cm〜2cm 2018年に新種と判断された、紀伊半島に分布する日本の固有種。早咲きのヤマザクラと信じられていたが、別種と認定された。ヤマザクラに比べて樹高が低い。 |
6 | カンヒザクラ (寒緋桜) |
・花色:ピンク ・花弁の大きさ:1cm〜1.5cm 中国南部・台湾などに分布する暖かい地域の桜で、古い時代に日本に渡来したと考えられ、石垣島などに自生地がある。日本の桜の野生種11種の中では最も濃いピンク(緋色)の花を、やや下向きに咲かせる。 |
7 | エドヒガンザクラ (江戸彼岸桜) |
・花色:淡ピンク ・花弁の大きさ:1cm〜1.5cm 本州・四国・九州と幅広く分布。東京では春の彼岸頃に開花する。彼岸桜とも呼ばれるが正式名称はエドヒガンザクラ。染井吉野の親としても知られる。 |
8 | タカネザクラ (高嶺桜) |
・花色:淡ピンク ・花弁の大きさ:1cm〜1.5cm 本州中部以北の高山帯や、北海道、ロシアなどに分布。下向きに小さな花を咲かせるマメザクラと酷似するが、樹高が高くなる点で異なる。寒い場所のみで育つ桜なので、栽培向きではない。 |
9 | マメザクラ (豆桜) |
・花色:淡ピンク ・花弁の大きさ:1cm〜1.5cm 関東周辺を中心に自生し、下向きに小さな花を咲かせる。富士山周辺に多いので、富士桜(フジザクラ)や箱根桜(ハコネザクラ)とも呼ばれる。 |
10 | ミヤマザクラ (深山桜) |
・花色:白 ・花弁の大きさ:0.5cm〜1.0cm 本州・四国・九州の高山帯や、北海道、ロシアなどに分布。小さな花を咲かせる。その名の通り山深い寒い場所のみで育ち開花期も遅いので、栽培向きではない。 |
11 | チョウジザクラ (丁子桜) |
・花色:白 ・花弁の大きさ:0.5cm〜1.0cm 本州の太平洋側を中心に分布する桜。長い筒型の萼筒(がくとう)の先に小さい花をつけ、桜の野生種11種の中では個性的な形状。観賞用にされることは少ない。 |
桜は自然環境下での交雑を起こしやすい
現在の国内で見られる桜は上記の野生種11種をルーツにしていますが、桜は、自然環境下での品種間交雑を起こしやすい植物で、人為的な交雑ではなく、自然交雑で定着した品種も多く存在します。
染井吉野もエドヒガンザクラ×オオシマザクラの自然交雑を起源とするとされますが、伊豆半島に分布する天城吉野・伊豆吉野なども同じエドヒガンザクラ×オオシマザクラの子と考えられています。また、2月に咲くことで有名な河津桜は、カンヒザクラ×ヤマザクラの自然交雑によって誕生したものではないかと言われています。これらに加えて、園芸品種として人為的に交雑を行なった栽培種が数百種存在します。
したがって、私たちが見聞きする桜の品種は、野生種か、自然交雑で定着した栽培種か、人為的な交雑による栽培種か、のいずれかとなります。そのうち、生花店で切り枝として利用される桜は多くが栽培種。野生種のオオシマザクラ・ヤマザクラ・カンヒザクラ・エドヒガンザクラ(=彼岸桜)については稀に入荷もありますが、大半を占めているのはその他の栽培種です。
続いて、青山花茂で利用することの多い桜の種類について紹介していきます。
3月以前に入荷する早咲きの桜
桜の時期といえば染井吉野の開花する3月末を想像しますが、啓翁桜や河津桜をはじめ、3月よりも前に咲く桜はたくさんあります。その中で、青山花茂が仕入れることのある代表的な早咲きの桜を、そのルーツや咲く時期で分類してみました。
啓翁桜(ケイオウザクラ)
<カンヒザクラ×ミザクラ>
花色:淡いピンク
久留米の吉永啓太郎翁により作出された栽培種。中国原産のミザクラ(実桜)を台木にしてカンヒザクラを継いだとされていますが、「ヒガンザクラ」を継いだという説もあり、はっきりしません。早春に咲く桜ですが、現在は促成栽培で正月前から入手可能で、12月〜2月に入荷する桜のほとんどがこの啓翁桜です。なお、啓翁桜の実生から選抜された東海桜(トウカイザクラ)も出荷がありますが、啓翁桜とほぼ見分けがつきません。
河津桜(カワヅザクラ)
<カンヒザクラ×オオシマザクラ>
花色:淡いピンク
関東周辺では2月後半に開花する早咲きのピンクの桜として、全国的に有名。元々は自然交雑で定着した種間雑種とみられ、伊豆半島で発見された木が静岡県河津町に移植されたといいます。今も河津町には原木があり、その原木から作られた何千本もの株が川沿いなどに植えられています。オオシマザクラの持つ花の大きさと、カンヒザクラのピンク色を併せ持つので鑑賞価値が高く、最近は切り枝としても出荷されています。
寒桜(カンザクラ)
<カンヒザクラ×ヤマザクラ>
花色:淡いピンク
1月に開花し、冬から咲き始める桜としては最も早く開花する部類です。熱海に多く植えられているので別名では熱海桜(アタミザクラ)と呼ばれています。カンヒザクラとヤマザクラ、またはカンヒザクラとオオシマザクラの自然交雑と考えられています。お客さまの要望により、稀に仕入れることもあります。
さらには、秋頃に咲く早咲きの桜もあります。十月桜(ジュウガツザクラ)<マメザクラ×オオシマザクラ>、冬桜(フユザクラ)<マメザクラ×エドヒガンザクラ>、四季桜(シキザクラ) <マメザクラ×エドヒガンザクラ>などは、10月頃から春まで花を咲かせる不思議な桜です。この中で十月桜や冬桜は、いけばなの用途で仕入れることがありますが、やはり「秋頃の桜」は需要自体がさほど多くはありません。
ちなみに、染井吉野などが異常気象などにより本来の桜の開花期である春以外の時期に花を咲かせることを、「返り咲き」や「狂い咲き」と呼び、たまにニュースになりますね。十月桜や冬桜などの品種が晩秋に花を咲かせるのは、毎年必ず秋に「返り咲き」をする品種であるためで、本来の桜の開花期である春にも花を咲かせるので、秋から春までずっと咲いているように見えているのです。
3月以降に入荷する桜
桜の活け込みや、桜を使ったフラワーギフト、いけばなでの桜の枝の使用など、桜の需要が高まってくるのはやはり3月に入ってから。他店でもそうだと思いますが、この時期、青山花茂で多く使う枝は、「染井吉野」と「陽光桜」の2種がメインとなります。4月に入ると、開花時期の遅い「八重桜」へと主役が移っていきます。
染井吉野(ソメイヨシノ)
<エドヒガンザクラ×オオシマザクラ>
花色:白
日本で最もポピュラーな桜です。江戸染井村で栽培された品種で、奈良の吉野山の桜の美しさにちなんで名をつけたとされます。接ぎ木が容易で、生育が早く丈夫なため、全国に普及しました。「吉野桜」と呼ぶこともありますが、奈良吉野のヤマザクラと混同するため、染井吉野の呼び名がおすすめです。東京での開花は3月下旬ですが、早めに切った枝を温めて開花を促し、2月末から入手が可能です。
陽光桜(ヨウコウザクラ)
<カンヒザクラ×エドヒガンザクラ×オオシマザクラ>
花色:ピンク
3月後半に咲く桜の中ではピンクが濃く重宝されます。一重咲きの桜としては、啓翁桜・染井吉野に次いで多く流通している品種。ルーツは天城吉野(オオシマ×エドヒガン)とカンヒザクラ。陽光桜のようにオオシマザクラ系の花の大きさと、カンヒザクラのピンクを持つ桜として、雅桜(ミヤビザクラ)・紅吉野桜(ベニヨシノザクラ)・修善寺寒桜(シュゼンジカンザクラ)などの品種がありますが、これらも3月に入荷します。
八重桜(ヤエザクラ)
「八重桜」は品種名ではなく、八重咲きの桜の総称で、多くの品種が存在します。入荷する八重桜の代表的なものとしては淡いピンクの普賢象(フゲンゾウ)と、それよりは少し濃いピンクの関山(カンザン)が大半です。これらは、染井吉野からやや遅れて4月に開花するので、4月中頃の桜の活け込みでは八重桜を使用します。八重桜の大半が、ルーツにオオシマザクラを持つ「里桜(サトザクラ)」から作られた栽培種。ただ、里桜も古くから人里近くに定着していた栽培種の総称であり、オオシマザクラに何の桜を交配したのか、育種経過はよくわかっていません。
さまざまな桜の種類がありますが、ルーツとしての野生種を知ると、野生種がとても貴重なものに見えてきますよね。上の表を見ても、オオシマザクラが多くの栽培種のルーツであることがわかったと思います。また、交雑のルーツがわかると「確かに**桜と**桜は似ているな」と思ったりして、桜を眺めるのもより楽しくなります。「啓翁桜や河津桜はカンヒザクラの性質が強く出ているから早咲きなのかな」などと語れるとツウな感じが出ますね。
季節感豊かな桜の活け込み
3月にもなると、桜の活け込みの機会が増えてきます。青山花茂では毎年、さまざまな場所で、色々な桜の活け込みを行なっています。一部を画像でご紹介します。
桜を使ったフラワーギフトをご紹介
春の訪れを感じさせてくれる桜は、お誕生日や記念日などのお祝いの贈り物としても人気です。また、ご自宅用としてお部屋に飾り、お花見気分を楽しんでみるのもおすすめです。
開花前のツボミの多い状態でお届けしますので、次々と開花するさまをぜひお楽しみください。
満開の桜を楽しむ春のブーケ
ツボミをたくさんつけた桜の枝を花束にした、毎年人気のフラワーギフト。 品種は啓翁桜(ケイオウザクラ)または東海桜(トウカイザクラ)でお作りします。
大切な方へ、「サクラサク」春の便りを贈ってみてはいかがでしょうか。
春の開店祝いには桜のフラワーギフトを
淡いピンクの大輪ラナンキュラスやチューリップなどの春の花々に、高さのある桜を配した床置きのアレンジメント。開店、開業、出演などのお祝いにもふさわしい品物です。
春のお祝いのシーンにどうぞお贈りください。
日本の春の風物詩・桜をお楽しみください
この季節にしか楽しむことができない春の風物詩、桜。
思っていたよりも種類が豊富なことに驚いた方も多いのではないでしょうか。桜の名所などを訪れて、桜の特徴や違いを眺めたり、好みの種類を見つけて楽しんでみるのも良いですね。
また、このようなご時世でお花見も気軽にできないという方には、桜のフラワーギフトがおすすめです。桜が開花する様子や散りゆく姿を眺めれば、素敵な春の訪れを感じることができるのではないでしょうか。ぜひご自宅用のインテリアや、大切な方への贈り物としても、桜をお楽しみください。
この記事を書いた人
株式会社青山花茂本店 代表取締役社長
北野雅史
1983年生まれ。港区立青南小学校、慶應義塾中等部、慶應義塾高等学校、慶應義塾大学経済学部経済学科卒業。幼少期より「花屋の息子」として花への愛情と知識を育む。2006年〜2014年まで戦略コンサルティングファーム A.T. カーニーに在籍。2014年、青山花茂本店に入社し、2019年より現職 (青山花茂本店 五代目)。
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